Self discovery

それでもまた、花は咲く。

なりたい自分をイメージする

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ハワイから帰国して、Blogの更新をしていなかった間、書こうかなって思うことも色々あるのに、ササッと文章に出来ない事にため息が出たりするけど

マイペースで良いから続けてみたいって思う

何かと拘りや完璧主義が顔を覗かせるけど、続ければ慣れても行くしね

 

ここ2ヶ月は、ジムに行ってリラックスヨガクラスに出たり、泳いだ後ジャグジーに入って空見上げたり、少し走れるくらいになってランニングしたり

ハワイで仲良くなった友達が遊びに来てくれたり、甥っ子が1人で新幹線に乗って泊まりに来てくれたり

ワンリパブリックのLiveに行ったり、また名古屋に行ったり   苦笑

少しお花の仕事をしたり

家事もやって

 

少し前の私だったら考えられないくらい、やってる事もやれる事も増えた

それなのに焦ったり、まだまだって落ち込んだり

 

やってる私自身がそれじゃまた、満足しない、納得しない日々の繰り返し

 

"幸せを感じる力" を鈍らせたままじゃ

焦る日々はエンドレスだよね

 

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今まで散々、日本でもアメリカでも

"考えるのはやめて、感じて!" ってたくさんの人達からアドバイスを受けて

感じるってことを、スピリチャル的な意味で捉えていた私…

今更だけど今は、もっとシンプルなことで

喜怒哀楽や日々の出来事をもっとちゃんと感じ味わおう

自分の本音をちゃんと感じて聞いてやろう

そういう意味だよね〜って

 

いや、もう本当に、今更なんだけど

アタマが本当に、お喋りで

 

なりたい自分ってどんなだろうとか、

湧き上がってくる言葉とか、

紙に書き出してみたら

 

・素直になる

・自然に笑ってる

・もーちゃん(私)、いてくれてありがとう

     (甥っ子がそう言ってくれたイメージ)

・本当に着たい服を着て、日本や海外で創作活動をする

 

ここに忘れていて付け足す様に

・心と体の健康

だった

 

心と体の健康を取り戻すことが、10年以上かけてきた目指すゴールみたいになっていた私

 

それが、今の私から最優先のようには湧き上がってこなかった

そんな自分にちょっと驚いたし、嬉しかった

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こんな風に書き出してみると

私がイメージする、なりたい自分を

多田ゆかさんっていう方がすでに体現していて

だから、会ってみたいからどーしようかなって

考えていたら

多田ゆかさんからFacebookの友達リクエストとメッセージを頂いて

いや〜もうビックリだし、嬉しくて!

 

ゆかさんがいつもどんな風に人と知り合ったり、繋がったりされているかは分からないけれど

ほんの少しのキッカケでも流さずにアクションを起こしていくところが

本当に素晴らしいなって思ったし

素直に笑顔をみせるのがニガテな私は

ゆかさんの自然な笑顔も、良いな〜って思う

 

私も自分の感性で、手で

表現することが好きだから、いつか

ゆかさんと何か一緒に出来たら良いな〜

なんて勝手に、想像したりする

 

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ハワイから早めに帰ってきた。

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満月と月食をハワイで見上げよう〜なんて考えていたけど、予定を早めて1週間前に帰国した。

本当はもっと居られたのに、わざわざ変更してまで帰ってくるなんて以前の私なら、

勿体ない!なんて思って実行しなかっただろうけど。

以前から大切にとっておいたマイレージを使って今回は行くことが出来たから、可能な限り長く居たいって当初は思ってた。

ハワイにまた行くことになった意味とか、自分の中にある固定概念とか、そういう事に捉われず出来るだけフラットでいようって過ごした。

 

風や空気が気持ち良い。

太陽や月、星や雲、空が綺麗。

波の音、鳥の声、ハワイアンミュージックが心地良い。

花が良い香り。

 

そーいう事を、本当によく感じた。

 

ハイキングや海で遊ぶこと、

ショッピングや観光。

それも楽しいけど、それだけがハワイの良さじゃないんだよな〜なんて今更だけど、改めて思った。

 

1人でも楽しいけど、人ってやっぱり

その楽しさを誰かと共有、共感したいと思うし、そーする事でもっと幸せな気分になる。

それを誰と、共有、共感したいかだよな。

 

いくらハワイに居たって、批判ばかり口にする人が近くにいると、心が疲れる。

自分の思い通りの反応を相手がしないからといって、自分を守るために相手の人格を否定する様な言葉は結局、自分も相手も傷つく。

 

私もそーいう事をしちゃう時があるな〜って思いながら、否定することって表面的な感情で、

もっと深いシンプルな感情は違うよな〜って

少し時間をおくと分かってくる。

大切に思う気持ちを受けとめて欲しいんだ〜!っていう想いが、拗ねて違う言葉になってるな〜。

私の中に傷として感じてる部分に触れたんだな〜と、ただ思う。

そうすると、苛立ちもスーっと鎮まる。

 

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毎日、英語だけでやり取りしてると、

"100%言葉が理解出来ないくらいが丁度いいかもな〜"っと思うこともあれば、

"言葉が通じるって当たり前じゃないな〜"っとも思った。

 

言語も文化も、考え方や価値観も、色んな部分が皆んな違うけど、その違いをどれだけ受容できるか、したいと思うかは、その相手が自分にとってどれくらい大切に感じているかを知るキッカケにもなる。

 

自分の事を責めちゃうクセはまだあるけど、

以前と違って長い間、そこに留まらなくなった。

自分のために行動できるのは、自分だけなんだよね。

 

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蒸し暑い日本に降り立って、蝉の鳴き声を聞いた瞬間、日本の夏だー‼︎って

すごく嬉しくなった自分がいた。 笑

久しぶりにスーパーに行ったら、夏のフルーツがいっぱいでまた嬉しくなった。 笑

 

夏祭りに行きたい!

湘南の海の家に行ってみたい!

花火大会に行きたい!

 

私ってこの、日本の夏休み‼︎って感じの雰囲気が好きなんだな〜って、ワクワクする気持ちを感じて思った。

ハワイから早めに帰ってきた事に、哀しさがない。

状況や条件を気にしてその場に留まってしまわず、心を大切にして動いた自分にスッキリした気持ちさえある。

 

気がつくとここ数ヶ月で、今まで何となく繋がっていた様な交友関係も少し整理された。

キッカケが出来て自然に淘汰された感じ。

 

ハワイも良いし、日本も良い。

ハワイで親切にしてもらって色々感じる時間が持たせてもらって有難いなって思う。

それで帰って来て日本の夏を過ごせる家があって有難いなって思う。

 

これが、今の、私。

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ハワイでの日々

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ハワイに来て3週間。

Hawaii Kaiにあるジムの行き帰りが

夜のドライブがわり。

私にとって夜のドライブは最高の楽しみ。

 

窓を全開に開けて
フレッシュな空気をいっぱい吸って
リラックスする音楽を大音量で流し
海沿いの流れる景色を眺めて
会話するわけでもなく
ただただ、気持ち良い空気を感じる

 

天気が良く、月がとっても明るい日は

空いっぱいに、たっくさんの星

月明かりに照らされた海は

キラキラ光って

波の音が響く

 

それが、何よりも落ち着き、癒される。

 

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3ヶ月前くらいからぶり返した体の痛みは

どんどん酷くなり、痛み止めを飲む回数が増え飲まずには過ごせないくらいになってた。

どうしてまた?

って落ち込んで、不安になる時もあった。

その状態でハワイに着いて

最初の1週間くらいは時差ボケや環境の変化も重なって、更に体調は不安定に。

 

諦めるか、諦めないか?

自分を信じきれるか?

改めて問われていた様な感覚。

 

"痛み"という現象に捉われず
心地良いと感じる事を少しづつでもやりつつ
痛みと感情を切り放す練習。
体に"痛み止めは必要ないよ"っと
認識させるために、どんなに痛くて

動き辛くても、痛み止めを飲むこともやめてみる。

そんな日々を過ごして2週間を過ぎた辺りから

痛みはおさまり始めた。

 

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一緒に過ごしている友達は

3年前まではモルヒネを打ちながら車椅子生活をしていたし、もう1人は同じ甲状腺とリウマチで悩む生活をしていた。

でも2人は克服して、強く願い続けた日々を

手に入れ過ごしてる。

私とよく似たその2人が、

"次はMomoの番だよ!"って応援してくれる。

 

それで大切な3つの事を話してくれた。

 

・ FAITH     自分自身と繋がる

・ DREAM   どうなりたいかイメージする

・ TRUST    自分を信じる

 

これをやり続ける事だって。

 

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1日でパーーン!って変わらない。

考え方や在り方、食べ物や関わる人を変えて、

体を作り直すには、時間や努力がいる。

でも諦めずにやり続けるとギフトがくる。

 

あると思い込んでいる未来が、本当に与えられるかも分からないのに。

そんな未来に不安を感じて生きるんじゃなく、

今、この瞬間を大切に、楽しむことが重要だ。

 

何者かが創造して出来たこの完璧な世界に、

もの凄い確率の中から、今この世界に生きる様に選ばれている私達は、

何者かにゲームをさせられている。

自分の人生のディレクターになって、

自分で自分の世界を作るんだよ。

 

そんな話をしてくれた、英語で… 笑

 

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自分を誤魔化し続けるの?

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自分を大切にしないで気が付かないフリを続けると、私の場合は痛みという症状で体は私に訴えて気付かせようとしたけど。

私本人が薬で抑えこんで無かったことにしたり、治らないものだからって目を逸らし続けたりしても、問題を先送りしてるだけなんだ。

その違和感に気付かないフリをしても、自分は誤魔化せないから、違和感はどんどん大きくなるだけ。

何となくだけど、今はもう皆んな、その違和感を誤魔化し続けるのは難しくなってると思う。

 

私は誤魔化せないところまで行ったから、自分に向き合うことをしてかなり自分の色んな感情や、イヤな部分を知ることになったけど。

痛みがなくなるまで自分に向き合うってことをやらないと!っとか、

痛みが出てるってことは何だろう…って、

"体の痛み"が全ての基準になってしまうことが、よくある。

気がつくと"痛み"に自分が振り回されちゃってる。

それが解決しないとずっと痛みは続くのか。

治るためには、許せて、聖人みたいに穏やかにならないと、終わらないんだ。
そう思ってた。

 

痛みに限らないけど、不快な症状って本当にエネルギーを奪われる。

 

色々やってきて、色々考えて、最近思うのは、

何でもバランスなんだなーって。

真剣に向き合うことは必要だけど、ストイックになり過ぎても結局、楽しくもなくて何の為に生きてるのか分からなくなったり。

自己啓発やスピリチャルもそればかり意識すると、不自然になって人間らしさを見失う。

 

生きていれば、色々あって
色々な感情が湧いてきて
不安や寂しさも、なくなるのが正解じゃないし  
そんなの、人間らしくない。

それこそ、何者かになろうって必死に努力するってことは、人間らしさや自分らしさを無くすことじゃない。
不安も寂しさも、イヤな感情も拗ねる態度もありつつもそういう感情や態度になってるな〜今の自分。って認めて、そこに自ら長く留まろうとしない。

 

"分かってるけどやれないんだ"ってなるけど、それは、自分だけじゃない。出来てるように見える人達だって、そんな時を過ごしながらやったり、やらなかったりしてるんだ。

人の出来ていることばかりに目が止まるだけ。

人はなかなか出来ていないことを自分から、晒すことはしないから。

でも、どちらも晒してしまった方が心は軽くなるし、息もし易くなる。


私はたくさん知識や情報を集め過ぎて、聖人みたいになろうってしてた気がする。
人間は、今の、現実を、生きてる。
だから、自分っていう存在を、自分が信じて、自由に、自分らしく、誤魔化さず、当たり前にあるわけじゃない与えられた時間を、生きる。
助けや指針になる宇宙や自然のしくみや流れを活かしつつね。

 

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痛みも、
心の在り方を変えたら、直ぐ
消えるわけじゃない 。
心の在り方も、瞬間的に180度変わるわけじゃない。

気がついて、認めて、行動して、納得して、心と体の歩調が揃うまで時間はいる。
心と感情の歩調が合うまでに時間はいる。


それぞれのタイミングが合って、進んでる。

それは、人自身も
心も体も魂も
揃うまで、時間がいる。

 

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私は働いていないけど生活させてもらえてるから、
許される範囲の、やれる範囲の、その中でいつも選択して、行動してきた。

素直に、色んな人の、色んな優しさに甘えることが苦手で。
ズルい、利用してる、自分勝手
そう感じてしまうから。

いつも、許される範囲の中でしか、選択しないから我慢を無意識にして、自分を抑えてる。

いったい、誰にとっての許される範囲っていう基準なんだか。

 

自分に突き抜けた許可がなかなか出せない。
これ以上は自分に許可しちゃいけないって。

 

常識的なのか、非常識なのか、その狭間で自分にブレーキをかけながらやってきてる。

ギブアンドテイクや与えられた分だけ、お返しをしなければっていう、それが大人の常識だと思うと私には納得するお返しをできるか分からないし、窮屈な感覚もあったり。

でも最近は、そこまで自分を縛っているのは、自分自身だなぁって思って。その固定概念を自分で緩めていこうって、心がけ始めた。

もう病気や古い縛りから解放されて、もっと自由に私らしさを開放して生きるタイミングにきている気がする。

 

 ここ最近ずっと、ザワザワ、ソワソワ、ドキドキ、落ち着かない空気感を確実に感じながら。

 

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 Photos @ BLUE BOTTLE COFFEE NAKAMEGURO

今までにしてこなかった事の習慣化。

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体調も結構良くなってきたし、色んな人ともまた接していきたいし、気候も最高だし!って事で、少しづつ社会復帰しようとバイトするために人と会ったりした。

10年とかまともに働いていないと、自分がどんな風に働けるのか、働くっていう感覚も忘れてしまっていて、ドキドキする。

かなり勇気を出してアクションを起こして、不安でいっぱいの自分を改めて感じた。

 

前からたまにのぞいていた輸入家具屋さんの方と、会って話しをしましょうってことでお約束した後、また体が痛みだす。

痛みはどんどん強くなって。

「えっ⁇  働くなってこと? まだ無理ってこと?  私、本当は働きたくないの?」

色んな考えが頭の中をグルグルする。

 

それでお会いして、ありのままの自分の状況や気持ちを話した。

初めからフル勤務は出来ない事。

働いて様子をみながら、今後を調整して行きたい事。

そうやって、今の自分がどこに立っているのか知って行きたい事。

 

「体調が万全だったら、本当に是非働いて欲しいんだけど。力を完璧な状態で発揮して欲しいから。」っという話だった。

 「経歴からみる私にやって欲しいレベルや、出来そうなレベルと、今の私の体調がアンバランスで難しい」っとも。

 

「それは当然そうだろうな」って思った。

あとは"完璧"って言葉にも、凄く反応した。

私にとっての完璧って、いつ、どんな風になることなんだろうって。

完璧を求めて生きてきたんだなって。

 

正直に話し過ぎてるかな?

自分自身にまだ不安があるからかな?

でも不安がなくなるっていつ?

不安がなくなってから、行動なの?

 

勇気だしてやったからかな、体にはすっごい力が入ってて。だから、やっぱり痛いしね。

それで「働ける体調だって確信が持てたら、また来て欲しい」っと言われて。

ちょっとホッとしてる自分を、ハッキリ感じたんだよね。

 

いくら体調が良くなってきたと言っても、自分の体調管理にヒヤヒヤしてたり。

こうして体が"痛み"としてブレーキかけてくる。

本当に、体は精密に反応してるな〜って感心しちゃった。  苦笑

 

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それで私、考えた。

今まで病気を良くするために、自分に向き合うとか、頑張らないとか、癒しとか、食事とか、色々やってきて。

それがあるから今、心も体も結構良くなったと思う。

でも、休め続けた体に筋肉も体力もあるわけもなく。リウマチで固まった筋肉や関節がスムーズに動くわけもなく。その体で体調が整ってるわけもなく。

だから、心の部分も絶対大切だけれど今の私はもっと、基本的な"体作り"を初めることが重要じゃないかって思った。

 

今までにした事のない努力

 

ジムに通い初めました!

私、本当に運動するのが嫌いで。

でもイヤイヤやったり、苦痛じゃ続かないし。

その意識じゃ、体に良い影響を与える事もないしね。

だから無理しないで、楽しめる範囲でやってみようって事で。

ヨガクラスを中心に通ってます。

ヨガもリラックス系や、太極拳やjazzベースの踊るクラスに参加して。

だって、呼吸を意識することってすっごく大切だし、筋肉や関節も緩めて行きたいし。

私の性格的に家で自主的にっていうより、興味が持てるクラスに参加した方が習慣化するかなって思う。

 

私は元々、最初から器用にやれるタイプじゃない。スタートダッシュがちょっと遅くて、その場に馴染んだり、出来るようになるのに時間が少しかかる。

でもそのまま自分なりに継続していると、ある日いきなりギューンって超えられる瞬間がくる。

だから何でも、少しづつで良いから紆余曲折しながら前進しているって信じて、続けるだけ。

 

今の自分なりのやれる事、やりたいと思う事を、背伸びしないで少しづつやる。だね!

 

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極彩色の世界観に歓喜した夜

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この前、Coldplayのライブに行ってきた

Coldplayのライブは何度行っても最高だけれど

今回は今までの中で1番素晴らしかったなぁ
本当に

ただ、楽しかったな〜って終わる感じじゃないんだ
何だかもう、心が満たされて
幸せと感動でいっぱい

あのライブで物足りないなんて感じる人
いないんじゃないかなぁ

 

もうこれ以上やれることはない!
ってくらいの演出、パフォーマンス
5万人を楽しませて、ツアーで世界を周る
彼ら本人達も楽しむ

本当に、プロフェッショナルだなぁ

 

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色とりどりの光が
いく通りもの光が
空間を照らし

 

色とりどりの紙吹雪が
鳥や星やいく通りもの紙吹雪が
空間と彼らと私達の上に舞う
桜が散るように
スコールに降られるように
あたりが見えないくらいに

 

炎が上がり
花火が上がり

 

たくさんのバルーンが飛び
たくさんの観客が跳ぶ

 

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5万人の光のブレスレットが
カラフルに光を放つ

5万人の観客みんなで
ライブの演出の一部になれる

 

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歌い、叫び、踊り、跳び、天を仰ぐ

 

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私にとってColdplayの楽曲は
色々な街で
色々な感情で
色々な状況で
いつも共に過ごしてきた

 

どうしようもなくドキドキする時も

どうしようもなく落ちこむ時も

どうしたってニヤニヤしちゃう時も

どうしたって不安な時も

 

どんな状況だって

どんなキミだって大丈夫なんだ

力をぬいて

地球に存在する美しいものを感じてごらん

 

そんな風に感じられるんだよね

 

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何色もの極彩色で彩られた演出を観ていると

何色もの、何種類ものお花を組み合わせて

空間を装飾する楽しさ

色んなデザインや素材、色を組み合わせて

着こなす服の楽しさ

 

私はそういうもので自分の感覚を表現することが

本当に好きだなって

無数の紙吹雪が上から舞い降りてくる中で

天を仰ぎ、手を広げながら

実感した日だったなぁ!

 

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私の中にある美しいもの。

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日曜日、坂爪圭吾さんが開催されている【わたり食堂】にお邪魔するため、熱海に行ってきた。  朝から雨がかなり降っていて、熱海駅からバスに乗り換え最寄りのバス停から歩く道のりは、白い霧の中を歩いた。

脇道をぬけ緩やかな坂道を下ったり、また小道に入って行く中の霧の向こう側に、熱海の海が広がっていて吸い込まれそうで。また天気の良い暖かい昼間に歩いてみたいなぁ〜って思った。全く知らない土地で静寂と小雨になり真っ白な霧に包まれた街並みを歩きながら、色んな事を感じる。

 

ちゃんとその場所は存在しているのかなぁ〜っていうワクワク感、分からないけど進んで行くドキドキ感、知っている人が全くいない中に入って自分を晒すことへのソワソワ感、行こうと思えばそこに今来て立っていられる自由、たぶんそこにたどり着けるよな!っていう漠然とした安心感。

 

ここでわたり食堂が本当にやっているのかなぁ〜?って不安を感じつつ、家の扉を開けようとした瞬間、そこに扉を開けて外に出るタイミングだった坂爪さんが目の前に現れた。

blogの言葉の世界に存在していた坂爪さんは、その瞬間から体温や声や表情という音色を感じられる、リアルな存在になった。

 

わたり食堂に来ていた方に「なぜ初めてで1人でここに来ようと思ったんですか?」っと聞かれた。

ある人にとっては何かを聞きたい、日常から離れたい、癒される場所。

ある人にとっては何だか楽しそう、どんな食べ物が集まるんだろう、どんな人がいるんだろうって予測不可能な場所。

ある人にとっては何者にもならないで居られる場所かもしれない。

 

人それぞれ感じている事は分からないけど、私はblogの言葉の中だけじゃなく、会ってその人のリアルな存在感を感じたいと思う人には、今回に限らず出来るだけ直接会いに行っている。

最近自分の中でハッキリした感覚だけど、

 

私は人間味を感じる、感じられる人との関係が好きだし大切なんだって事。

 

昔からそうだったけど、表面的な付き合いはしたくないし、出来ないんだよね。

知り合ったその後、頻繁に会ったり交流できなくても、私の中で大切な出会いだったと思える人達の事は、よく想いを巡らす。

あれからどうしているのかなぁ〜、元気でいるかなぁ〜、最近ちょっとどうしてるかやけに顔が思い浮かぶけど何かあるかもなぁ…って。

 

ちなみに私は、本当に、やっと、笑

元気になりました〜〜!

坂爪さんにも「最近どうですか〜!」って聞かれたけど  笑 

 

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この日はハワイで仲良くなった友達と東京駅で約束があったから1時間弱という、かなり短いわたり食堂での時間だった。

私はいちごを持って行きそれを台所で勝手に洗い、ヘタをとり紅いいちごを紅い漆器に並べる。横にいた初めて会った女の子に「斬新ですね!」っと言われ、2人で笑った。

いちごは瞬殺でなくなった  笑

 

手作り餃子と熱海で漁れたお刺身を少し食べて、blogを読みながら想像していた【私が思う熱海の家】と目の前の光景を擦り合わせ、感じ味わう。楽しいよね  笑

 

坂爪さんとは面識も繋がりも今まで全くなく、今回初めてお会いしたけど時間もなくて、あまりお話できなかったけど。

そんな私に坂爪さんがかけて下さった言葉の中で印象的だったものが、2つある。

(印象的であり、動揺した言葉かな)

 

生きていて良かったですね!

 

お会いして直ぐの早いタイミングでの言葉。

どちらかというと「あの頃諦めずに生き抜いてくれてありがとう!」的な雰囲気とニュアンスを纏う、生きてて良かった、っていう言葉だったように感じた。

この前書いたように、メンタルの薬を飲みながら自分自身のコントロールが効かない、バランスを失った日々は、何度となく自分を諦めようと思った。でも、生きることを選んだ。

それを知っているみたいに、良かったですねって。

 

My name is Momo. - My own life

 

「元気になって良かった」と言ってくれる人もいるし、「生きていてくれてありがとう」

「生まれてきてくれてありがとう」っと言ってくれる友達もいる。

私は病気になった事で、自分にそんな言葉でお礼を言ってくれる人がいるんだって事を知った。自分が存在しているだけで、お礼を言われる世界を知ったんだよね。

 

自分の中にある美しいものを、ちゃんと認めてあげてくださいね

 

 自分の中にある「美しい部分」を信じること。 - いばや通信

 

友達との約束があって東京へ戻るためにバス停に向かうっという私を、夜道という事もあって送って頂いた。

バス停で、握手をしましょう!っと握手をした後、徐ろに私の頭に手を置く。

その手のひらから何かを感じとるように、思考を鎮めるように。

その後バスが来て、少しの間をおいて

「自分の中にある美しいものを、ちゃんと認めてあげてくださいね」っと。

バスは止まって扉はもう開いていたから、お礼を言ってバスに乗った。

 

熱海駅から東京駅に着くまでの2時間、

(新幹線じゃないから) 長い!って、感じるようで感じなかった。

 

私の人生の中で「美しいもの」っという概念は、もの凄い頻度で登場する。

それは私の口からも、周りの人の口からも。

ただ単に私の感覚が美しいと感じるものを捉え、表現して行くという意味に留まらず、

人の中に元々ある部分や在り方まで、その「美しい」っという概念が私にとって、どれほど重要な事か。

改めてそれを感じた言葉だったけれど、それを頭で理解しようとするのはやめた。

 

出来るだけ感じる事にシンプルでいよう!

そう思う。

 

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